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東京高等裁判所 平成元年(ネ)619号 判決

控訴人(被告、反訴原告) 高橋幸雄

被控訴人(原告、反訴被告) ザ ニューガソリン コーポレーション

原審 東京地方昭和六一年(ワ)第三八九一号・昭和六三年(ワ)第一四七〇〇号(平成元年二月一〇日判決、本書六三五頁参照)

主文

原判決を次のとおり変更する。

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

控訴人の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

被控訴人のため、上告のための附加期間を三〇日と定める。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  被控訴人は控訴人に対し、金八〇〇万円及びこれに対する昭和六三年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。

との判決並びに右3、4項につき仮執行の宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二当事者の主張及び証拠関係

当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加訂正する外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決一〇枚目表八行目(編注、本書六四〇頁一八行目)の「その費用」から同表末行(同上、六四〇頁一九行目)までを、「その費用として日本の弁護士である被控訴人代理人等に対する平成二年二月二五日までの期間の報酬、経費の合計だけでも一四一六万九八一三円を要した。この他にも米国の弁護士の費用が別途かかっている。よって被控訴人には少なくとも一四〇〇万円の弁護士費用分の損害が発生した。本件の事案の難易、特に控訴人が一、二審を通じて、被控訴人の請求を争うとともに、一審開始当初からの和解申出をも全く顧慮しなかった経緯等に照らせば、右損害は、控訴人の不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。」と訂正する。

2  原判決一〇枚目裏三行目(同上、六四〇頁末行目)に「損害金七七〇〇万円」とあるのを、「損害金合計八六〇〇万円の内七七〇〇万円」と訂正する。

3  原判決一一枚目表一〇行目(同上、六四一頁一〇行目)及び同裏三行目(同上、六四一頁一二行目)に「原告が」とあるのを、「被控訴人代表者が」と訂正する。

4  原判決一六枚目表一〇行目及び一一行目を、「原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。」と訂正する。

理由

第一本訴請求について

一  本訴請求の原因(一)、(二)、即ち次の事実は、当事者間に争いがない。

1  被控訴人は、昭和五八年一月一七日、訴外黄培興及び訴外陳司柳から本件特許権(出願人 黄培興及び陳司柳、発明の名称 液体燃料組成物、特許番号 第一一五五四六八号、出願日 昭和五四年一〇月一七日、出願公告日昭和五七年八月三日、設定登録日 昭和五八年七月一五日)についての特許を受ける権利を譲り受け、同年七月一五日に特許権設定登録を受けて、本件特許権の特許権者となった者である。

2  控訴人は、本件特許権について、原判決別紙目録記載の専用実施権(本件専用実施権)の設定登録(本件登録)を受けている。

二  本件登録に至る経過。

本訴請求の原因(三)中、控訴人が、東京都内において、被控訴人代表者ユージン・ワイ・チェンと会見したこと、その際、ユージンに対し、被控訴人主張の英文の書面(甲第一三号証の一)を提示したこと、右書面に実施の範囲として本州全域との記載があったこと、右書面の契約の日付が昭和五八年四月九日であること、ユージンが特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書に署名したこと並びに控訴人が昭和五九年三月八日に本件登録の申請をし、同年四月二七日本件登録を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

前記一及び右の争いのない事実、成立について争いのない甲第一号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証ないし甲第六号証、甲第八号証ないし甲第一〇号商、甲第一一号証の一、成立に争いのない甲第一二号証の一、甲第一四号証の一、甲第一五号証の一、甲第一七号証の一、甲第二一号証の一、甲第二三号証、甲第二四号証の一、甲第四六号証、乙第一号証の一ないし三、乙第二号証、当審における証人陳阿清の証言によって真正に成立したものと認められる甲第一六号証の一、乙第三号証の一、二、乙第四号証の二、乙第六号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一八号証の一、甲第二二号証の一、甲第二九号証の一、甲第三〇号証の一、甲第三四号証の一、甲第四三号証(甲第二二号証の一、甲第二九号証の一、甲第三〇号証の一、甲第三四号証の一、甲第四三号証については、後記措信しない部分を除く。)、末尾三行及びユージン・ワイ・チェンの署名部分については弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第七号証の一、三枚目末尾八行については前記甲第二九号証の一、乙第六号証及び当審における証人陳阿清の証言によって真正に成立したものと認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第一三号証の一並びに当審における証人陳阿清の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。

なお、前記甲第二二号証の一、甲第二九号証の一、甲第三〇号証の一、甲第三四号証の一、甲第四三号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第二六号証の一、甲第二七号証の一及び甲第三七号証中、次の認定に反する部分は前掲各証拠に照らして信用できない。

1  控訴人は、かばん、袋物等の貿易などを目的とする会社の代表者であるが、昭和五七年春頃、かねて、取引のあった台湾在住の陳阿清(別名ジェームス・A・チェン)から、当時、日本の特許庁へ特許出願中であった本件発明の発明者等が、本件特許を日本で事業化する企業の斡旋を求めていると連絡を受け、同年五月又は八月頃、台湾で、本件発明の発明者で当時本件特許の出願人であった黄培興及び陳司柳及び両名から本件発明の事業化の仲介を委任されている葉圓と会い、同人等から本件発明の特許を受ける権利(登録後は本件特許権)の譲渡を受ける企業との仲介を依頼された。控訴人は、日本で大手石油会社に打診する一方、台湾の黄培興、陳司柳、葉圓と種々折衝した結果、同年暮頃、黄培興及び陳司柳との間で、本件特許権について控訴人を権利者とする専用実施権を設定した上、本件特許権を事業化する企業に対して控訴人が通常実施権の再許諾をし、その企業から受け取る対価の中から一二〇万米ドルを専用実施権設定の対価として同人等に支払う旨の合意をした。この間、同年八月三日には本件発明について特許出願公告がされ、同年一〇月二九日には特許査定がされた。

右のように控訴人に専用実施権を設定することになったのは、控訴人による企業との交渉権限を確実なものとし、発明者等も継続的にロイヤリティーを得ることができるようにするためであり、控訴人自身は右専用実施権に基づいて本件特許権を実施する意思も資力もなく、また専用実施権設定の対価一二〇万米ドルを支払う資力もないもので、通常実施権の再許諾を得て事業化する企業から支払われる対価の中からそれを支払うものであることは、発明者等及び陳阿清は折衝の中で控訴人から説明を受け了解していた。

なお、陳阿清が控訴人に前記のような連絡をしたのは、控訴人の遠戚に全農(全国農業協同組合連合会)の有力者がいたことから同人の斡旋を期待してのことであった。

2  被控訴人は、昭和五八年一月一七日、黄培興、陳司柳から本件発明についての特許を受ける権利を譲り受ける約定をし、同年三月一五日付で特許庁長官に届け出て、その権利を取得した。本件発明の共同発明者である黄培興及び陳司柳は被控訴人の有力な株主であり、被控訴人が権利を取得した後も、本件特許を日本で事業化する企業との仲介をこれまでと同じ方式で控訴人に依頼する考えであった。

同年三月二九日、台北の陳阿清の経営する会社の事務所で、被控訴人代表者ユージン・ワイ・チェン、陳司柳、被控訴人会社の技術者である鄭希傑、陳阿清、控訴人が会談し、本件特許を事業化する日本企業との仲介に当たる控訴人に本件特許の専用実施権を設定することが了解されると共に、事業化の形態としては、被控訴人が技術、ノウハウを、日本企業が金銭を出資することによる日本企業と被控訴人の合弁会社とし、誠実性の証として二〇〇万米ドルが、契約書作成時三〇%、プラント建設開始時三〇%、装置作動テスト終了時四〇%の三回に分けて被控訴人に支払われること、日本企業の出資額、持株比率の決め方等について意見が交換され、その結果を控訴人が被控訴人代表者ユージン宛の書状の形式にまとめ、陳阿清が英訳したもの(甲第一二号証の一)を被控訴人に送付した。右書状には、控訴人のために設定される権利は日本語で「専用実施権」と記載されていた。

右会談の場において、被控訴人側から、二〇〇万米ドルを日本企業からの支払がある前に控訴人の資金で払って欲しいとの要求があったが、控訴人は、その資力もないと断り、二〇〇万米ドルは本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであることは被控訴人代表者ユージンも了解していた。

なお、控訴人は英語を理解できず、ユージンは日本語を理解できないので、日本語と英語に通じる陳阿清の通訳によって会談が行われた。

3  その後、控訴人は、台湾からの帰途来日した被控訴人代表者ユージンと東京のホテルで会い、台北での前記三月二九日の合意に従い、控訴人のために専用実施権を設定するための日本語で記載された専用実施権設定契約書(乙第一号証の一)、受任者欄は記載なく、委任事項の項に、下記特許権につき控訴人に対する専用実施権設定登録申請の件一切と記載され、記として、本件特許の出願番号と出願公告番号が記載されている専用実施権設定登録手続を代理人に委任するための委任状(乙第一号証の二)及び専用実施権設定登録申請書(乙第一号証の三)を示して、それらにユージンの署名を求めたが、ユージンからそれらの書類の英訳文を求められたので、知人の大浦某に依頼して英訳し、同年四月九日、ユージンに渡した。ユージンは右英訳文を読み、大浦の説明を聞いた上で、右乙第一号証の一ないし三に署名したので、控訴人も乙第一号証の一及び三に署名し、かつ、右契約書の英訳文の末尾にも、ユージンと控訴人が署名し、乙第一号証の一ないし三は控訴人が、英訳文はユージンが持ち帰った。

乙第一号証の一には、本件発明の特許権について専用実施権を設定する旨(第一条)、専用実施権の実施地域は本州全域、実施期間は特許権の有効期限まで、実施内容は製造並びに販売とする旨(第二条)、専用実施権設定の条件は別に定める旨(第三条)、控訴人は再実施権を他に許諾することができるが、その相手方、再実施権の範囲については事前に被控訴人と協議して決める旨(第四条)等の条項が記載されていた。

右英訳文においては、控訴人のために設定され、登録申請される権利は、「exclusive use and execution patent right」あるいは、「the patent right for exclusive use and execution」等と表示されていた。

4  その後、被控訴人から陳阿清に右英訳文が渡され、これをタイプで清書し、控訴人の署名を得て返送するよう要求があったが、その段階では当初の英訳文のうち契約書の英訳文の末尾に、「本契約書は一九八三年四月九日より九〇日間有効であり、その期間内に正式の合弁契約が締結されなければならない。以上は日本文による全文書の正訳である。本文書によっても被控訴人は特許権を所有するものであり、控訴人に特許権を譲渡するものではない。」との趣旨の八行が書き加えられていた(甲第一三号証の一のうち契約書の英訳文の部分)。

陳阿清は、右英訳文をタイプで清書したが、その際、実施地域が日本全土と、末尾の有効期間についての記載が、本契約書は、被控訴人が近く発行される特許証を受領した日より九〇日間有効であるものとされた。控訴人は、同年五月二〇日、タイプ清書された英訳文に署名押印して(甲第一四号証の一)、被控訴人に送付した。

右のように、実施地域を本州から日本全土に変更したのは、従前九州地域については別人に専用実施権を設定するというので九州地区を除外する趣旨であったのを、誤って本州とされていたが、その後、当該別人との交渉が不調に終わったとのことで日本全土とすることに、当事者間に了解が成立したことによるものである。

5  ところで、右3のとおり同年四月七日に被控訴人代表者ユージンが署名した専用実施権設定契約書(乙第一号証の一)、専用実施権設定登録手続を代理人に委任するための委任状(乙第一号証の二)は、ユージンのサインが日本語の記名と重なっていたため、弁理士の指示で、日本語で記載された同年七月三一日付の専用実施権設定契約書(甲第一〇号証の原本)、乙第一号証の二と同様の記載のある委任状(甲第六号証の原本、但し、受任者の氏名及び委任事項欄の本件特許の特許番号の記載のないもの)が再度作成され、これをユージンへ郵送して、その署名を得たが、その専用実施権設定契約書中には、専用実施権の実施地域が日本全土と記載されていた。

6  同年六月一二日、被控訴人代表者ユージンからの問い合わせに対し、控訴人、陳阿清、陳司柳、鄭希傑の連名で、アメリカ側当事者と日本側当事者間の契約は、日本の特許庁から特許証が付与された後二〇日以内に署名され、われわれの以前の契約に従い誠実性の証としての金銭が支払われる旨、主として全農がプロジェクトを後援することになっているが、プロジェクトを引き受けるために設立される新会社は近日中に決定する旨、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約は延長されるであろう旨のテレックス(甲第一六号証の一)が送られ、同日、控訴人から被控訴人に対し、右テレックスに関し、貴方が日本の特許庁から特許を受けた後二〇日以内に、最初の契約を締結することになる旨、その後、互いの協議により最終的契約のために詳細な事項を詰めていくことになる旨の記載のある手紙(甲第一七号証の一)が送られた。

同年六月一三日、被控訴人代表者ユージンは、右テレックスに対する返信として陳阿清に対し、控訴人の手紙を自分が受け取れば、喜んで「exclusive access to the use of patent」を延長することになるであろう、しかし、このような「exclusivity」は合弁契約の中で互いに契約することにより初めて効力を発するものである旨のテレックス(甲第一八号証の一)を送った。

7  同年七月一五日本件特許が登録され、同日特許証(甲第四号証の原本)が発行された。

8  被控訴人代表者ユージンは、同年八月二九日公証人の認証を得た法人国籍証明書(甲第七号証の一の原本)を送付してきたが、その末尾には、本文書と共に署名された上記日本語の委任状は、日本の企業家集団との間の合弁事業の交渉を進めるためにのみ控訴人を受任者とするものであるとの趣旨の追加記入をし、署名をしていた。

9  その後、控訴人は、本件特許を実施する企業を求めて日本の大手石油会社等と交渉を継続し、また、二〇〇万米ドルをアメリカへ送金するために必要な日本銀行への届け出をする一方、前記3のとおり、乙第一号証の一の専用実施権設定契約書の第三条において、別に定めることとされた専用実施権設定の条件について被控訴人と交渉した結果、専用実施権設定料(イニシャルペイメント)を従前の約定のとおり二〇〇万米ドルとし、特許権使用料(ロイヤリティ)を控訴人から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当たり四米セントとする合意がまとまり、昭和五九年二月二七日、台北の陳阿清の事務所で、控訴人、被控訴人代表者ユージン、陳阿清、鄭希傑が会合し、契約書の英訳文(甲第一一号証の一の原本)をユージンに示した上、日本語の契約書(乙第二号証)に控訴人、被控訴人代表者ユージンが署名した。右契約書には、右のとおり専用実施権設定料及び特許権使用料についての約定が記載されていたが、専用実施権設定料二〇〇万米ドルの支払時期については何ら記載されていなかった。しかし、専用実施権設定料二〇〇万米ドルの支払時期についての従前の当事者間の合意を変更する協議はなされなかった。

10  控訴人は、弁理士に委任して、前記専用実施権設定契約書(甲第一〇号証の一の原本)、契約書(乙第二号証)、法人国籍証明書(甲第七号証の一の原本)、甲第七号証の一の訳文である甲第八号証の原本、被控訴人の弁理士に対する委任状、但し、受任者として三名の弁理士の氏名が、委任事項の欄の記に本件特許の特許番号が、日付欄に昭和五八年七月三一日の日付が、各補充されたもの(甲第六号証の原本)、控訴人の弁理士に対する委任状である甲第九号証の原本、技術導入契約の締結に関する届出書を添付書類として添付して、昭和五九年三月八日本件専用実施権設定の登録を特許庁に申請し、同年四月二八日登録を受けた。

三  専用実施権設定契約の成立及び準拠法

右認定の事実によれば、控訴人と被控訴人との間に、昭和五八年四月九日、東京で控訴人及び被控訴人代表者が署名した乙第一号証により、本件発明が特許登録されることを停止条件とする、本件特許について専用実施権を設定する基本的契約が成立し、同年六月頃までにその実施の範囲が日本全土に変更され、同年七月一五日、本件特許が登録されて停止条件が成就し、昭和五九年二月二七日、台北で控訴人及び被控訴人代表者が署名した乙第二号証により付随契約が成立したことにより、控訴人と被控訴人との間に本件特許について、控訴人のために、範囲地域を日本全土とし、期間は特許の有効期限、内容は製造並びに販売、対価は、専用実施権設定料が二〇〇万米ドル、特許権実施料が、専用実施権者から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当たり四米セントとする専用実施権設定契約が成立し、昭和五九年四月二七日、右専用実施権設定登録によりその効力が生じたものであると認められる。

もっとも、控訴人自身は右専用実施権に基づいて本件特許権を実施する意思も資力もなく、本件特許を事業化する日本企業との仲介にあたる者にすぎず、控訴人に専用実施権を設定することになったのは、控訴人の企業との交渉権限を確実なものとするためであることは、当事者双方が了解していたことであることからすれば、本件特許を事業化する日本企業との間で再実施契約が成立するまでの間は、控訴人と被控訴人との間には仲介委任契約が存続しており、右仲介委任契約の終了により専用実施権設定契約も、前記期間の定めにかかわらず、終了する関係にあるものと認めるのが相当である。

なお、当事者間に本件契約についての準拠法を定める明示の合意があったことを認めるに足りる証拠はないが、本件契約は日本における特許の実施についての契約であり、基本契約も付随契約もその契約書は日本語で記載されており、基本契約は東京で締結されたものであることからすれば、本件契約の準拠法は日本法とすることに当事者の黙示の合意があったものと認められる。

四  本件登録の無効事由について

1  被控訴人は、当事者間に成立した契約は、本件特許権に本件専用実施権を設定することではなく、独占的通常実施権を設定することであったことは、契約の内容を英文で記載した書面に、専用実施権を示す訳語として使われる「sole and exclusive right(又はlisence)」あるいは、「senyojisshiken」という言葉が使用されていないことから明らかであり、被控訴人代表者ユージンは、専用実施権設定契約書等に署名しているけれども、日本語を理解できないユージンが、内容を理解しないまま署名したものであって、ユージンは、独占的通常実施権を設定する旨の意思表示をしたもので、本件専用実施権設定契約は成立していないから、本件登録は無効であると主張する。

そして、前記本件契約等の英訳文においては、控訴人のために設定され、登録申請される権利は、「exclusive use and execution patent right」あるいは、「the patent right for exclusive use and execution」等と表示されていたことは前記二3に認定したとおりである。

しかし、昭和五八年四月九日に基本的契約が成立する直前の、同年三月二九日、台北で、被控訴人代表者ユージン、陳司柳、被控訴人会社の技術者である鄭希傑、陳阿清、控訴人が会談し、控訴人に本件特許の専用実施権を設定することが了解されると共に、当日の会談の結果を控訴人が被控訴人代表者ユージン宛の書状の形式にまとめ、陳阿清が英訳したもの(甲第一二号証の一)を被控訴人に送付したが、右書状には、控訴人のために設定される権利は日本語で「専用実施権」と記載されていたことは前記二2に認定したとおりであり、右会談の際には、英語で専用実施権の説明がされたものと推認され、また、前記二4に認定したとおり、ユージンが、同年四月九日に乙第一号証の一に署名して、その英訳文(甲第一三号証の一)を一旦持ち返った後、末尾に、「本文書によっても被控訴人は特許権を所有するものであり、控訴人に特許権を譲渡するものではない。」との趣旨を書き加えたものをタイプで清書し、控訴人の署名を得て返送するよう要求したことからも、控訴人のために設定することを約定した権利が、特許権の譲渡とまぎらわしく思う程の、かなり強力な権利であると理解していたことがうかがわれ、これらのことに照らせば、ユージンは専用実施権を設定する契約であることを理解して契約書等の書類に署名したものと認められ、被控訴人の主張は認められない。

2  被控訴人は、被控訴人代表者ユージンには、本件登録の申請をする意思も弁理士をその代理人に委任する意思もなかったものであって、本件登録は、詐取された委任状に基づいてなされたものであるから、本件登録は、その申請手続に瑕疵があり無効であると主張する。

しかし、前記二3に認定したとおり、ユージンは、昭和五八年四月九日、乙第一号証の二の委任状に署名するに先立って、その英訳文を要求し、それを読んだ上で署名したもので、受任者こそ記載されていなかったものの、委任事項の項に、下記特許権につき控訴人に対する専用実施権設定登録申請の件一切と記載され、記として、本件特許の出願番号と出願公告番号が記載されている委任状であることは理解していたものであり、その後、本件登録手続に使用された甲第六号証に署名した際に、当事者間に特別こみ入った交渉があったことを認めるに足りる証拠がないことからすれば、前と同一の内容の委任状と理解していたものと認められる。右のような記載の委任状に署名した以上、受任者として適切な弁理士を選任し、その氏名を受任者欄に補充すること、委任事項の欄に、特許登録後、本件特許の登録番号を補充すること、日付を補充することは、控訴人に委ねる意思であったものと認められるから、それらを補充した甲第六号証は、被控訴人代表者ユージンが受任者である弁理士に本件登録手続を委任する意思で作成したものということができ、被控訴人の主張は認められない。

3  被控訴人は、当事者間の前記契約には、本件専用実施権設定の効力は、本件専用実施権設定の対価のうち頭金二〇〇万米ドルが支払われることにより生じるとの停止条件が付されていたが、控訴人は右頭金二〇〇万米ドルの支払をしないので、本件契約は効力を生じていない旨主張し、控訴人が被控訴人に対し本件専用実施権設定の対価の支払をしていないことは控訴人の認めるところである。

しかし、甲第四三号証中、当事者間の前記契約には、頭金二〇〇万米ドルのうち六〇万米ドルが支払われることが停止条件として付されていた旨の部分は、乙第六号証、当審における証人陳阿清の証言及び原審における控訴人本人尋問の結果中、これに反する部分に照らして信用できず、他に、本件契約に被控訴人主張のような停止条件が付されていたことを認めるに足りる証拠はない。

4  被控訴人は、本件契約は、控訴人が、本件専用実施権設定の対価として支払うべき頭金二〇〇万米ドルを支払う意思及び能力並びに本件発明の事業化を仲介する能力がないにもかかわらず、これがあるかのように装ってユージンをその旨誤信させ、同人に契約締結の意思表示をさせて成立したものであるから、右意思表示は詐欺によるものとして取り消すことができるものであり、被控訴人は、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、控訴人に対し、詐欺を理由とする右契約取消の意思表示をしたから、右契約は、遡って効力を失った旨主張する。

そして、被控訴人が、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、控訴人に対し、詐欺を理由とする右契約取消の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

しかし、控訴人が、二〇〇万米ドルを自らの資金で払う資力がないことを控訴人との交渉の最初から明らかにしていたこと及び二〇〇万米ドルは本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであることは被控訴人代表者ユージンも了解していたことは、前記二2に認定したとおりであり、控訴人が、自らの資金で二〇〇万米ドルを支払う意思も資力もないのに、これをあるかのように装って被控訴人代表者を欺罔したことを認めるに足りる証拠はない。

また、控訴人が、本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から二〇〇万米ドルを被控訴人に払う意思がなかったことを認めるに足りる証拠はない。

控訴人が、いまだ通常実施権の再許諾をしていないことは、当事者間に争いがなく、また、控訴人が、かばん、袋物等の貿易などを目的とする会社の代表者であることは前記二1に認定したとおりであり、これまで特許権の実施契約の仲介や石油等液体燃料関係の業務についた経験のあることを認めるに足りる証拠はない。

しかし、被控訴人が、控訴人に対し、本件専用実施権の処分禁止の仮処分を申請し、仮処分決定を得てその執行をしたことは当事者間に争いがなく、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第三五号証によれば、右仮処分決定の日は昭和六一年二月二六日であったことが認められ、それまでの間に、日本企業と本件発明の事業化を行う契約をまとめることができず、かつ、それまで特許権の実施契約の仲介や石油等液体燃料関係の業務についた経験のあることがうかがえないからといって、控訴人には、本件発明の事業化を仲介する能力がないということもできず、また、控訴人が自己にそのような仲介をする能力がないことを認識しながら、これがあるかのように装ったものということもできない。

他に、被控訴人主張の詐欺の事実を認めるに足りる証拠はない。

5  また、被控訴人は、本件契約は、控訴人が被控訴人に対し、契約の締結直後に、本件専用実施権設定の対価として頭金二〇〇万米ドルを支払うことを内容とするものであったところ、被控訴人は、昭和五九年三月二二日以来、右頭金の支払を度々催告しているにもかかわらず、控訴人がその支払をしないので、控訴人に対し、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、右契約を解除する旨の意思表示をしたから、右契約は、遡って効力を失った旨主張する。

そして、成立について当事者間に争いのない甲第三一号証の一、二によれば、被控訴人が、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、控訴人に対し、頭金二〇〇万米ドルの支払の債務不履行を理由とする右契約解除の意思表示をしたことが認められる。

しかし、控訴人が、二〇〇万米ドルを自らの資金で払う資力はなく、二〇〇万米ドルは、本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであることは、本件専用実施権設定契約の双方当事者が前提として了解していたもので、これを変更する協議がされたことがなかったことは、前記二2、9に認定したとおりであり、二〇〇万米ドルの支払時期は、控訴人から本件特許について通常実施権の再許諾を受けて本件特許を事業化する企業と控訴人との間の通常実施権設定契約が締結された時、あるいは、控訴人にその企業から同契約に基づく対価が支払われる時以後とすることは被控訴人も、控訴人も本件専用実施権設定契約の前提としていたものであるところ、控訴人がまだ通常実施権の再許諾をしていないことは当事者間に争いがなく、控訴人が、通常実施権の再許諾による対価の支払を受けたことを認めるに足りる証拠はないから、頭金二〇〇万米ドルの支払期が到来したことは認められない。

したがって、債務不履行を理由とする、被控訴人の解除の意思表示は効力を生じない。

前記甲第一二号証の一によれば、前記二2に認定した、昭和五八年三月二九日の被控訴人代表者ユージン・ワイ・チェン、陳司柳、鄭希傑、陳阿清、控訴人の会談の結果を控訴人が被控訴人代表者ユージン宛の書状の形式にまとめ、陳阿清が英訳した書状(甲第一二号証の一)には、控訴人のために専用実施権を与えることを被控訴人代表者ユージンが承諾した旨とは区別して、契約締結完了まで未確定であるいくつかの意見交換のポイントとして、本件特許の事業化の形態につき、被控訴人が技術、ノウハウを、日本企業が金銭を出資することによる日本企業と被控訴人の合弁会社とし、誠実性の証として二〇〇万米ドルが、契約書作成時三〇%、プラント建設開始時三〇%、装置作動テスト終了時四〇%の三回に分けて被控訴人に支払われること、日本企業の出資額、持株比率の決め方等が記載されていて、二〇〇万米ドルの支払時期が、本件特許を事業化する日本企業との契約及び事業の進行状況に応じて分割支払されることが協議されていたことが認められ、また、右二〇〇万米ドルのうち、最初の三〇%の支払時期とされている、契約書作成時とは、控訴人と被控訴人との契約書作成時ではなく、本件特許を事業化する日本企業と被控訴人との間の契約書作成時と解するべきものと認められる。

前記甲第一二号証の一をもって、控訴人の主張に沿う証拠ということはできても、被控訴人の主張に沿う証拠ということはできない。

前記甲第一六号証の一によれば、前記二6に認定した、昭和五八年六月一二日、陳司柳、鄭希傑、陳阿清、控訴人の連名で被控訴人代表者ユージン宛に送られたテレックス(甲第一六号証の一)には、前記二6に認定のとおり、アメリカ側当事者と日本側当事者間の契約は、日本の特許庁から特許証が付与された後二〇日以内に署名され、われわれの以前の契約に従い誠実性の証としての金銭が支払われる旨、主として全農がプロジェクトを後援することになっているが、プロジェクトを引き受けるために設立される新会社は近日中に決定する旨、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約は延長されるであろう旨の記載があることが認められるが、それらの記載の前には、今朝会議を行った結果、ハイドロレーン・プロジェクトを引き受けるための処置が日本でとられたことをお伝えする旨の記載があることが認められ、右にいうアメリカ側当事者と日本側当事者間の契約とは、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約、即ち、本件専用実施権設定契約の基本契約とは別の、被控訴人とハイドロレーン・プロジェクト、即ち、本件特許の事業化を行う日本企業との間の契約を指すことが明らかである。したがって、甲第一六号証の一には、誠実性の証としての金銭は、被控訴人と本件特許の事業化を行う日本企業との間の契約の署名時に支払われる旨の記載があるのであり、前記甲第一二号証の一をもって、控訴人の主張に沿う証拠ということはできても、被控訴人の主張に沿う証拠ということはできない。

前記甲第二二号証の一中、本件専用実施権設定契約の締結と同時に最初の支払をするとの約定がされていた旨の部分は前記二冒頭の各証拠に照らして信用できない。

6  次に、被控訴人は、本件契約は、昭和五八年四月九日又は同年七月一六日から九〇日以内に本件特許権を日本において実施するための合弁契約が締結されない場合には、契約の効力は消滅するとの解除条件がついていたものであるが、現在に至っても合弁契約は締結されてないから、解除条件は成就したもので、本件契約は、遡って効力を失った旨主張する。

昭和五八年四月九日、東京で控訴人及び被控訴人代表者が署名した乙第一号証により成立した本件特許について専用実施権を設定する基本的契約には、被控訴人主張のような解除条件は付されていなかったが、右契約時に被控訴人代表者が持ち帰った契約書の英訳文が、その後、被控訴人から陳阿清に渡され、これをタイプで清書し、控訴人の署名を得て返送するよう要求があった段階ではその末尾に、「本契約書は一九八三年四月九日より九〇日間有効であり、その期間内に正式の合弁契約が締結されなければならない。」との趣旨を含む文章が書き加えられていたこと、陳阿清は、右英訳文をタイプで清書したが、その際、末尾の有効期間についての記載が、本契約書は、被控訴人が近く発行される特許証を受領した日より九〇日間有効であるものとされ、控訴人は、右タイプ清書された英訳文に署名押印して被控訴人に送付したこと、同年六月一二日、控訴人、陳阿清、陳司柳、鄭希傑の連名で、被控訴人代表者ユージンに送られたテレックス(甲第一六号証の一)中には、一九八三年四月九日に署名された「exclusive use and execution patent right」を設定する契約は延長されるであろうとの趣旨の部分があり、これに対し、同年六月一三日、被控訴人代表者ユージンは、右テレックスに対する返信のテレックスで、陳阿清に対し、控訴人の手紙を自分が受け取れば、喜んで「exclusive access to the use of patent」を延長することになるであろう、しかし、このような「exclusivity」は合弁契約の中で互いに契約することにより初めて効力を発するものである旨記載していることは、前記二3、4、6に認定したとおりである。右事実によれば、当事者間に、被控訴人主張の解除条件、特に、被控訴人が本件特許の特許証を受領した日(昭和五八年七月一五日)から九〇日以内に本件特許権を日本において実施するための合弁契約が締結されない場合には、契約の効力は消滅するとの解除条件を付することについて、同年六月一三日頃までに追加的に合意が成立したものであるかのようである。

しかし、右のような解除条件が付されていたとすれば、その条件成就による契約失効から四箇月以上を経ていることになる昭和五九年二月二七日に、台北で控訴人及び被控訴人代表者ユージンが乙第二号証に署名して基本契約の第三条による専用実施権設定の条件を定める付随契約が成立したことは、前記二9に認定したとおりであり、しかも、右付随契約の成立までに、基本契約が解除条件の成就により失効していることが当事者間で問題となったことを認めるに足りる証拠のないことからすれば、当事者間には、被控訴人主張のような解除条件を付する追加的合意について交渉はされたが確定的な合意には達しなかったものと認められる。

他に、本件専用実施権設定契約には被控訴人主張の解除条件が付されていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の、解除条件の成就による本件契約の失効の主張は認められない。

五  右四のとおり、被控訴人主張の、本件専用実施権設定契約の無効、停止条件の不成就による効力の未発生又は取消、解除若しくは解除条件の成就による消滅を理由とする本件登録の無効の主張及び登録申請手続の瑕疵を理由とする本件登録の無効の主張は、いずれも認められないから、被控訴人の本件登録の抹消登録手続請求は理由がない。

また、本件登録が無効であるか、又は本件登録の原因関係である専用実施権設定契約が効力を生ぜず若しくは遡及的に消滅すべきものであることを前提とする被控訴人の損害賠償請求も理由がない。

第二反訴請求について

一  民事上の紛争を解決するために民事訴訟を提起することは人に認められた権利の行使であり、提起した民事訴訟において敗訴したからといって、そのことのみをもって右民事訴訟の提起がその事件の被告に対する不法行為となるものではない。

本来権利の行使として適法な民事訴訟の提起が違法として不法行為を構成するのは、その訴訟においてその原告の主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであり、且つ、原告がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であるところ、被控訴人の本訴の提起が、裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに当たることを裏付ける事実を認めるに足りる証拠はない。

よって、反訴請求中、被控訴人の本訴の提起が不法行為にあたるとして損害賠償を求める請求は、その余の主張について判断するまでもなく理由がない。

二1  被控訴人が、控訴人に対し、本件専用実施権について処分禁止の仮処分を申請し、仮処分決定を得てその執行をし、本訴を提起したことは当事者間に争いがない。

前記甲第三五号証及び弁論の全趣旨によれば、本訴中の本件登録抹消登録手続請求が右仮処分の本案事件であり、仮処分の被保全権利は、本件特許権に基づく本件登録抹消登録手続請求権であることが認められる。

2  本訴の本件登録抹消登録手続請求が理由のないことは、前記「第一 本訴請求について」において判断したとおりであり、右仮処分は被保全権利を欠くものであったと認められる。

3  そこで、右仮処分を得てこれを執行した被控訴人の故意又は過失について検討する。

本件登録に至る経過は、第一、二及び同四6に認定判断したとおりであり、控訴人、被控訴人の交渉が始まった昭和五八年三月二九日から本件登録がされた昭和五九年四月二七日までの間に、昭和五八年四月九日に締結された基本契約、昭和五九年二月二七日に締結された付随契約が結ばれたが、専用実施権の設定を受ける控訴人は本件特許を事業化する日本企業との仲介に当たるもので、専用実施権設定の対価である二〇〇万米ドルは、本件特許を事業化する日本企業が支払う金銭の中から支払われるものであるという契約の前提となる了解事項及び合意は契約書上に記載されていなかった外、基本契約が手続的な理由から再度作成され、基本契約の実施地域が修正され、有効期間等についての修正の交渉がされたが、この間、被控訴人代表者ユージンは日本語を解さず、控訴人は英語を解しないため、直接の意思疎通ができなかった等の事情があったため、本件専用実施権設定契約の内容の認定を左右する証拠及び事実関係は複雑であり、当裁判所は前記第一に判断したとおり被控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断したが、原裁判所は被控訴人の本件登録抹消登録手続請求を認容していることからもうかがわれるとおり、その証拠の評価、事実関係の法的判断は容易ではないこと等の特段の事情を考慮すれば、被控訴人において、控訴人に対する本件登録抹消登録手続請求権があるものと信じ、これを保全するため、前記の仮処分を申請し、仮処分決定を得て執行するについて相当の事由があったものと認められ、被控訴人にその点について故意又は過失が有ったことを認めるに足りる証拠はない。

4  また、控訴人が、本件特許を実施する企業を求めて日本の大手石油会社等と交渉を継続していたことは、前記第一、二9のとおりであるが、それ以上に、具体的な交渉相手毎の交渉の進捗の程度、交渉に当たっての協力者の具体的氏名、交渉に要した経費及びその使途の詳細、通常実施権の再許諾により得られる対価の額が具体化していたか否か、その金額等を認めるに足りる証拠もなく、前記仮処分によって、交渉相手及び控訴人の協力者の控訴人に対する信用が、損害賠償を要する程度にまで失墜したこと、控訴人の精神的打撃が損害賠償を要する程度にまで大きいものであったこと、本件特許について通常実施権を再許諾するためなどに費やした控訴人の努力及び経費の価値が半減したこと並びに右価値の半減及び本件専用実施権の残存期間の減少による損害額を認めるに足りる証拠もない。

6  よって、反訴請求中、前記仮処分を申請した上、仮処分決定を得てその執行をしたことを理由とする損害賠償請求は理由がない。

また、前記仮処分を申請した上、仮処分決定を得てその執行をし、更に本訴を提起したことを一連のものとみても、それが不法行為に当たるものとは認められず、それを理由とする損害賠償請求は理由がない。

第三結論

よって、原判決のうち、本訴請求中、本件登録抹消登録手続請求を認容し、損害賠償請求を一部認容した部分は失当であり、その余の部分は正当であるから、原判決を主文のとおり変更することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九六条、第九二条を、被控訴人のため上告のための附加期間を定めることについて同法第一五八条第二項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 元木伸 西田美昭 島田清次郎)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告(反訴原告)は、別紙目録記載の特許専用実施権についての特許庁昭和五九年三月八日受付第〇〇〇五〇五号の専用実施権設定登録の抹消登録手続をせよ。

二 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、七六八六万八八五二円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年七月五日から、内金七一八六万八八五二円に対する昭和六三年九月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三 原告(反訴被告)のその余の請求及び被告(反訴原告)の請求を棄却する。

四 訴訟費用は、本訴及び反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

五 この判決は、二項及び四項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 本訴請求の趣旨

1 主文一項と同旨。

2 被告(反訴原告)(以下「被告」という。)は、原告(反訴被告)(以下「原告」という。)に対し、七七〇〇万円及び内金五〇〇万円に対する昭和六一年七月五日から、内金七二〇〇万円に対する訴変更申立書送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、被告の負担とする。

4 2項及び3項について仮執行の宣言。

二 本訴請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

三 反訴請求の趣旨

1 原告は、被告に対し、八〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

四 反訴請求の趣旨に対する答弁

1 被告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

第二当事者の主張

一 本訴

1 請求の原因

(一) 原告は、昭和五八年一月一七日、訴外黄培興(以下「黄」という。)及び同陳司柳(以下「陳司柳」という。)から、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)についての特許を受ける権利(以下「本件特許を受ける権利」という。)を譲り受け、同年七月一五日に特許権設定の登録を受けて、本件特許権の特許権者となった者である。

出願人   黄及び陳司柳

発明の名称 液体燃料組成物

特許番号  第一一五五四六八号

出願日   昭和五四年一〇月一七日

出願公告日 昭和五七年八月三日

登録日   昭和五八年七月一五日

(二) 被告は、本件特許権について別紙目録記載の専用実施権(以下「本件専用実施権」という。)の設定登録(以下「本件登録」という。)を受けている。

(三) 本件登録がなされるに至った経緯は、次のとおりである。

(1) 被告は、昭和五八年三月末頃から、当時本件特許を受ける権利を譲り受けていた原告に対し、本件発明を実施して合弁事業を共同で遂行したい旨及びそのために頭金二〇〇万米ドルを支払うので本件特許権の実施許諾をしてほしい旨申し入れていたが、更に、同年四月九日、東京都内において、原告代表者ユージン・ワイ・チェン(以下「ユージン」という。)に対し、合弁事業遂行のためには原告が日本の投資家企業に本件特許権を実施許諾する用意があることを示す書面が必要である旨申し入れるとともに、日本語ができないユージンに対し、範囲を本州地方とする独占的通常実施権を許諾する、昭和五八年四月九日から九〇日の期間に合弁契約が締結されなければ、九〇日の期間満了により契約は失効する旨記載された同日付の英文の書面(甲第一三号証の一)を訳文と称して提示し、その旨ユージンを誤信させ、右書面とは異なった内容、すなわち、本件特許権について範囲を日本全土とする専用実施権を無条件で設定する旨日本文で記載された同年七月三一日付「特許権の専用実施権設定契約書」(甲第一〇号証の原本)に署名を求め、これに署名させた。更に、被告は、前同日、ユージンに対し、合弁事業の準備交渉のための委任状であると称して、その旨ユージンを誤信させたうえ、弁理士に本件登録を委任する旨の日本文の委任状(甲第六号証の原本)を示し、これに署名させた。

また、被告は、昭和五九年二月二七日、台湾において、ユージンに対し、この付随契約書(甲第一一号証の一の原本)に署名してくれれば二週間以内に正式契約を締結して頭金二〇〇万米ドルを支払う旨の話をして、実施権設定の対価について、二〇〇万米ドルを頭金とし、被告から再実施許諾を受けた第三者が製造する製品一ガロン当り四米セントをロイヤリティーとする付随契約書に署名させた。

被告は、右特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書を利用して、昭和五九年三月八日、本件登録の申請をし、同年四月二七日、本件登録を受けた。

(2) なお、右(1)でされた原、被告間の合意(契約)が、本件特許権について本件専用実施権を設定することではなく、独占的通常実施権を設定することであったことは、右契約の内容を英文で記載した書面に、いずれも専用実施権を示す訳語として使われる“sole and exclusive right(又はlisence)”あるいは“senyo-jisshiken”という言葉が使用されていないことから明らかである。

(四) 右に述べたとおり、本件専用実施権を設定する旨の契約は、成立していない。すなわち、原告代表者であるユージンは、前記特許権の専用実施権設定契約書等に署名しているけれども、これは、右(三)記載のとおり日本語を理解できないユージンが、内容を理解しないまま署名したものであって、ユージンは、独占的通常実施権を設定する旨の意思表示をしたものである。

また、原告代表者ユージンには、本件登録の申請をする意思も弁理士をその代理人に委任する意思もなかったものであって、本件登録は、詐取された委任状に基づいてなされたものである。そして、原告は、本件専用実施権設定について、被告から対価の支払いを一切受けていないから、登録申請手続の瑕疵を理由とする本件登録の無効を主張するにつき正当な利益を有する。

したがって、本件登録は、根拠となる専用実施権設定契約が存在せず、また、登録申請手続に瑕疵があり、無効なものである。

(五) 仮に、原、被告間の前記契約が専用実施権設定の契約であったとしても、右契約は、以下のとおり当初から効力を生じていないか、又は遡及的に効力を失っており、これに基づく本件登録は、無効なものである。

(1) 右契約には、本件専用実施権設定の効力は、本件専用実施権設定の対価のうち頭金二〇〇万米ドルが支払われることにより生じるとの停止条件が付されていた(甲第二二号証の一、第二九、第三〇号証及び第四三号証参照)が、被告は、右頭金二〇〇万米ドルの支払いをしない。したがって、本件契約は、効力を生じていない。

(2) 右契約は、被告が、本件専用実施権設定の対価として支払うべき頭金二〇〇万米ドルを支払う意思及び能力並びに本件発明の事業化を仲介する能力がないにもかかわらず、これがあるかのように装ってユージンをその旨誤信させ、同人に契約締結の意思表示をさせて成立したものであるから、右意思表示は、詐欺によるものとして取り消すことができる。原告は、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、被告に対し、詐欺を理由とする右契約取消の意思表示をした。したがって、右契約は、遡って効力を失った。

(3) 右契約は、被告が原告に対し、契約の締結直後に、本件専用実施権設定の対価として頭金二〇〇万米ドルを支払うことを内容とするものであった。そこで、原告は、昭和五九年三月二二日以来右頭金の支払いを度々催告しているにもかかわらず、被告がその支払いをしないので、被告に対し、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、右契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、右契約は、遡って効力を失った。

(4) 右契約には、昭和五八年四月九日(又は同年七月一六日)から九〇日以内に、本件特許権を日本において実施するための合弁契約が締結されない場合には、契約の効力が消滅するとの解除条件がついていた。現在に至るも、合弁契約は、締結されていない。したがって、右解除条件は、成就した。

(六)(1) 被告は、本件登録が無効であるか、又は本件登録の原因関係である右契約が効力を生ぜず若しくは遡及的に消滅すべきものであることを知りながら、あえて本件登録を残存させ、登録の日から本件口頭弁論終結の日までの四年六か月以上、原告が本件特許権を第三者に対し実施許諾するなどして使用収益することを妨害した。原告は、被告の右行為により、本件特許権の価値が減少したことによる損害を被ったが、その額は、少なくとも七二〇〇万円を下らない。すなわち、本件特許権の価格は、被告に対する独占的通常実施権設定の対価のうちの頭金二〇〇万米ドルを下ることはないところ、本件特許権の存続期間は一五年であり、被告による妨害の期間は、四年六か月以上であるから、被告の妨害行為により本件特許権の財産的価値は一五分の四・五(四年六か月)以上減少した。したがって、原告の被った損害は、一米ドルを一二〇円として、七二〇〇万円を下らない。

二〇〇万(米ドル)×四・五÷一五×一二〇(円)=七二〇〇万(円)

(2) 原告は、被告が、本件登録の抹消登録手続に応じないため、米国の弁護士及び日本の弁護士である原告訴訟代理人に委任して、訴訟外で被告に本件登録の抹消登録手続をすることを求め、仮処分申請をし(当庁昭和六一年(ヨ)第二五一二号)、更に、本訴の提起を余儀なくされたものであるところ、その費用として少なくとも五〇〇万円以上を支払っている。したがって、原告は、被告の行為により、少なくとも五〇〇万円の損害を被った。

(七) よって、原告は、被告に対し、本件特許権に基づき、本件登録の抹消登録手続を求め、かつ、前記不法行為による損害金七七〇〇万円及び内金七二〇〇万円に対する訴変更申立書送達の日の翌日から、内金五〇〇万円に対する請求の趣旨変更の申立書送達の日の翌日である昭和六一年七月五日から支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2 請求の原因に対する被告の認否

(一) 請求の原因(一)及び(二)は認める。

(二) 同(三)のうち、被告が、東京都内において、ユージンと会見したこと、その際、ユージンに対し、原告主張の英文の書面(甲第一三号証の一)を提示したこと、右書面に実施の範囲として本州全域との記載が存したこと、右書面の契約の日付が昭和五八年四月九日であること、ユージンが特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書に署名したこと並びに被告が昭和五九年三月八日本件登録の申請をし、同年四月二七日本件登録を受けたことは認め、その余は否認する。

なお、被告がユージンと会見したのは、昭和五八年四月八日であり、原告が署名した特許権の専用実施権設定契約書は、甲第一〇号証の原本ではなく乙第一号証の一、委任状は、甲第六号証の原本ではなく乙第一号証の二である。

(三) 同(四)のうち、原告が、特許権の専用実施権設定契約書等に署名したこと、本件専用実施権設定について被告から対価の支払いを一切受けていないことは認め、その余は否認する。

(四) 同(五)のうち、原告が、本件専用実施権設定について被告から対価の支払いを一切受けていないこと及び昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、被告に対し、詐欺を理由とする契約取消の意思表示をしたことは認め、その余は否認する。

(五) 同(六)は否認する。

3 被告の主張

(一) 被告は、昭和五七年春頃、訴外陳阿清(以下「陳阿清」という。)から、当時本件発明の特許出願人であった黄及び陳司柳を紹介され、同人らから、本件発明を日本で実施する企業を探すことを依頼され、同人らとの間において、本件特許権について被告を権利者とする専用実施権を設定し、被告が、本件特許権を事業化する企業に対して通常実施権を許諾したうえ、右企業から受け取る対価の中から一二〇万米ドルを専用実施権設定の対価として同人らに支払う旨の合意をした。

(二) 被告は、黄及び陳司柳が、昭和五八年一月一七日、本件特許を受ける権利を原告に譲渡したことから、同年三月末、台湾において、原告の代表者であるユージンとの間において、被告が、原告から本件特許権についての専用実施権の設定を受けたうえ、本件特許権を事業化する企業に対して通常実施権の許諾をし、原告に対し、専用実施権設定の対価として、右企業から受け取る対価の中から二〇〇万米ドルを、被告と右企業との通常実施権許諾契約締結時及びプラント着手時に各三〇%並びに製品の完成時に四〇%に分割して支払う旨の口頭の合意をした。

(三) ユージンは、右(二)の合意に基づき、同年四月八日、東京において、本件特許権の専用実施権設定契約書(乙第一号証の一)、専用実施権設定登録のための委任状(乙第一号証の二)及び専用実施権設定登録申請書(乙第一号証の三)に署名をし、被告に交付した。

なお、原、被告間の契約は、右のとおり、日本文の契約書によるものであるところ、これには専用実施権を設定する旨が明記されているから、原、被告が合意した内容は、独占的通常実施権の許諾ではなく、専用実施権の設定である。

(四) 被告とユージンは、昭和五九年二月二七日、台湾において、本件専用実施権設定の条件が(二)のとおりであると確認し、その旨の付随契約書(乙第二号証)を交わした。

(五) 以上のとおり、本件登録は、原、被告間の本件専用実施権設定契約に基づいてされた有効な登録である。

(六) また、右(二)ないし(三)に述べたところによると、本件専用実施権の設定料二〇〇万米ドルは、被告が日本の企業に通常実施権の再許諾をし、日本の企業からその対価を受け取ったうえ、その対価の中から三回に分割して支払う約定であったところ、被告は、いまだ通常実施権の再許諾をしていないから、設定料の支払時期は到来しておらず、原告のした解除は効力を生じていない。

4 被告の主張に対する原告の認否

(一) 被告の主張(一)は争う。

(二) 同(二)は、黄及び陳司柳が、昭和五八年一月一七日、原告に対し、本件特許を受ける権利を譲渡したことは認め、その余は否認する。

(三) 同(三)のうち、ユージンが被告主張の各書面に署名し、被告に交付したことは認める。ただし、ユージンが本件特許権の専用実施権設定契約書等に署名したのは、昭和五八年四月九日である。

(四) 同(四)のうち、原告とユージンとが、付随契約書を取り交わしたこと自体は認め、その余は否認する。

(五) 同(六)のうち、被告が通常実施権の再許諾をしていないことは認め、その余は否認する。

二 反訴

1 請求の原因

(一) 原告は、被告に対し、本件本訴を提起しているところ、これは、本訴の被告の主張のとおり理由のないものであり、不当訴訟である。被告は、原告の不当な訴訟提起により、弁護士である被告訴訟代理人に委任して本訴を遂行することを余儀なくされたところ、そのため着手金及び報酬としてそれぞれ九〇四万五〇〇〇円、合計一八〇九万円支払うことを約したが、右金員は、原告による右不当訴訟の提起と相当因果関係にある損害である。したがって、被告は、原告に対し、右損害の内金五〇〇万円の支払いを求める。

(二) 原告は、被告に対し、正当な理由がないにもかかわらず、本件専用実施権について処分禁止の仮処分を申請したうえ、仮処分決定を得てその執行をし、更に、本件本訴を提起した。被告は、当時本件特許権について通常実施権を再許諾するため交渉をしていたが、原告の右一連の不法行為により、右交渉相手及び被告の協力者の被告に対する信用が失墜し、また、被告自身も精神的打撃を受けた。これらにより受けた被告の損害は、少なくとも一〇〇〇万円を下らない。したがって、被告は、原告に対し、右損害の内金一〇〇万円の支払いを求める。

(三) 原告がした前項記載の一連の不法行為により、本件特許権について通常実施権を再許諾するためなどに費やした被告の努力及び経費の価値が半減し、かつ、本件専用実施権の残存期間が二年六か月間減少したため、被告は、少なくとも四〇〇〇万円の損害を被った。したがって、被告は、原告に対し、右損害の内金二〇〇万円の支払いを求める。

(四) よって、被告は、反訴請求の趣旨のとおりの判決を求める。

2 請求の原因に対する原告の認否

請求の原因のうち、原告が、被告に対し、本件専用実施権について処分禁止の仮処分を申請したうえ、仮処分決定を得てその執行をし、更に、本件本訴を提起したことは認め、その余は否認する。

第三証拠関係〈省略〉

理由

第一本訴抹消登録請求について

一 本訴請求の原因(一)及び(二)の事実は、当事者間に争いがない。被告は、本訴の被告の主張のとおり、本件登録は、原、被告間の専用実施権設定契約に基づきされた有効なものである旨主張するので、以下この点について検討する。

被告が、東京都内において、ユージンと会見したこと、その際、ユージンに対し、原告主張の英文の書面(甲第一三号証の一)を提示したこと、右書面に実施の範囲として本州全域との記載が存したこと、右書面の契約の日付が昭和五八年四月九日であること、ユージンが特許権の専用実施権設定契約書、委任状及び付随契約書に署名したこと並びに被告が昭和五九年三月八日本件登録の申請をし、同年四月二七日本件登録を受けたことは、いずれも当事者間に争いがない。

以上の当事者間に争いのない事実並びに原本の存在及び成立に争いのない甲第五号証、第六号証、第八号証ないし第一〇号証、第一一号証の一、成立に争いのない甲第一二号証の一、第一四号証の一、第一七号証の一、第二四号証の一、乙第一号証の一ないし三、第二号証、弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められる甲第一六号証の一、第二二号証の一、第二六号証の一、第二九号証及び第三〇号証の各一、第三四号証の一、乙第三号証の一、二、第六号証(ただし、後記信用しない部分を除く。)、末尾三行及びユージン・ワイ・チェンの署名部分については弁論の全趣旨により真正に成立したことが認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第七号証の一、三枚目末尾八行については前記甲第二九号証の一及び乙第六号証により真正に成立したことが認められ、その余の部分については成立に争いのない甲第一三号証の一並びに被告本人尋問の結果(ただし、後記信用しない部分を除く。)によると、被告主張の専用実施権設定契約について、次の事実が認められる。

1 被告は、昭和五七年五月又は八月頃、台湾において、友人の陳阿清の紹介で、当時本件特許の出願人であった黄及び陳司柳と個別に会い、同人らから、本件特許を受ける権利(登録後は本件特許権)を日本の企業に譲渡するための仲介を依頼され、これを切掛けとして本件発明の事業化について種々折衝した結果、同年暮頃、同人らとの間で、本件特許権について被告を権利者とする専用実施権を設定したうえ、本件特許権を事業化する企業に対して被告が通常実施権の再許諾をし、右企業から受け取る対価の中から一二〇万米ドルを専用実施権設定の対価として同人らに支払う旨の合意をした。

2 原告は、昭和五八年一月一七日、黄及び陳司柳から、本件特許を受ける権利を譲り受けた。被告は、右譲渡を知り、原告との間において黄及び陳司柳との合意と同様の契約を締結することを希望し、同年三月末頃から原告と折衝を始めたが、原告代表者ユージンに対し、同月三〇日付の英文の書面(甲第一二号証の一。ただし、「専用実施権」の語は日本語で記載されていた。)をもって、原告が必要なノウハウを、日本側企業が金銭をそれぞれ出資して合弁会社を設立し本件発明を事業化する、誠実性の証として二〇〇万米ドルを三回に分けて原告に支払う、その支払方法は、契約書作成時及びプラント建設開始時各三〇%、装置作動テスト終了時四〇%とする旨の専用実施権設定の条件を呈示した。更に、被告は、同年四月九日、東京において、ユージンに対し、本件発明について、範囲を日本国本州地方とする専用実施権を設定する、その他の専用実施権設定の条件は別に定める旨の「専用実施権設定契約書」なる英文の書面(甲第一三号証の一)を呈示し、右内容の契約を締結するよう申し入れた。ユージンは、右申し入れを承諾し、被告と専用実施権設定契約を締結することとし、被告の用意した日本文の契約書(乙第一号証の一)に署名するとともに、本件発明が特許された場合に専用実施権の設定登録を弁理士に委任する趣旨で、日本文の委任状(乙第一号証の二)に署名して被告に交付した。なお、専用実施権設定の条件については、右特許権の専用実施権設定契約書三条により別に定めることとされた。

3 前記特許権の専用実施権設定契約書及び委任状は、ユージンの英文の署名が日本語の記名と重なっていたため、弁理士の指示で、同年七月三一日付のものが再度作成されたが(甲第一〇号証及び甲第六号証)、その際、専用実施権の範囲が日本全土と改められた。また、ユージンは、被告の求めに応じて、同年八月二九日付法人国籍証明書を被告に送付したが、これに、「本文書と共に署名された上記委任状は、高橋幸雄を受任者とし、日本の企業家集団との間の合弁事業遂行交渉を委任するためにのみ署名されたものである。」との記載を付加して署名し、法人国籍証明書を送付したことにより直ちに専用実施権の登録がされるべきものではないことを表明した。

4 ユージンは、前記英文の専用実施権設定契約書を受領後、その末尾に「本契約書は、昭和五八年四月九日より九〇日の期間中に正式な合弁契約が締結されない場合は九〇日の期間満了をもって失効する。」との記載を付加して被告に送付し、被告は、右英文の書面を陳阿清にタイプして貰い(甲第一四号証の一)、これに異議なく署名して同年五月二〇日頃、ユージンに送付した。ただし、右タイプした書面では、右九〇日の起算日は、原告が特許権を得た日と変更されている。

5 被告は、前記のとおり専用実施権設定の対価について、当初二〇〇万米ドルを三回に分けて支払うとの申込みをしていたが、同年六月一二日、ユージンに対し、「日本の特許庁が特許証を貴方に与えてから二〇日以内に第一の契約を締結することになります。」と記載した同日付の書簡(甲第一七号証の一)を送付し、また、被告とともに原告と交渉していた陳阿清も同日、ユージンに対し、「日本側とアメリカ側間の契約は、……日本において日本の特許庁から特許権の付与があって後二〇日以内に署名され、前契約に従い誠実性の証としての金が同時に支払われます。」とのテレックス(甲第一六号証の一)を打った。その後、ユージンと被告は、専用実施権設定契約書三条により別に定めることとされた専用実施権の設定条件について種々交渉をし、前記英文の専用実施権設定契約書に記載された九〇日の期間経過後の日である昭和五九年二月二七日、台湾において、専用実施権設定料を二〇〇万米ドル、特許権使用料を被告から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当り四米セントとする付随契約書(乙第二号証)を交わしたが、右契約書には、二〇〇万米ドルの支払方法については何の記載もなかった。なお、この契約書についても、被告からユージンに対し、英訳文が交付されていた。

6 被告は、原告が、昭和五八年七月一五日、本件発明について特許権の設定登録を受けたので、昭和五九年三月八日、弁理士に委任し、前記専用実施権設定契約書、付随契約書、法人国籍証明書及び委任状を利用して本件登録を申請し、同年四月二七日に登録を受けたが、原告に対し、右登録の事実を告げず、かつ、専用実施権の設定料を全く支払わなかった(被告が、専用実施権の設定料を全く支払わなかったことは、当事者間に争いがない。)。そのため、原告は、同年三月二二日、仲介人を介して被告に対し、右設定料の不払いに抗議し、右不払いの理由を二四時間以内に回答しない場合は被告との契約を解消する旨申し入れ、更に、本件登録の事実を知って、同年一一月二五日付テレックスをもって、本件登録を直ちに取り下げるよう申し入れた。

以上の事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定の事実によると、原、被告間に本件登録に対応する専用実施権設定契約が締結されたことを認めることができる。

二 そこで、原告の、設定料不払いを理由とする右専用実施権設定契約解除の主張について検討する。

被告は、専用実施権の制定料二〇〇万米ドルについて、被告が日本の企業に通常実施権の再許諾をし、日本の企業からその対価を受け取ったうえ、その対価の中から三回に分割して支払う約定であった旨主張し、乙第六号証及び被告本人の供述中には右主張に沿う部分が存するが、前認定の事実によると、被告は、昭和五八年三月三〇日付の書面により、設定料二〇〇万米ドルを三回に分けて支払う旨の条件を提案していたところ、締結された専用実施権設定契約においては、専用実施権設定の条件については、別に定めるものとされ、それを受けて昭和五九年二月二七日に付随契約が締結され、同付随契約においては、設定料は二〇〇万米ドルとされたが、その支払方法については何らの定めもなされていないというのであるから、右乙第六号証及び被告本人の供述によっても、設定料の支払時期、方法について被告主張のような合意がなされたものと認めることはできず、他に被告主張の合意を認めるに足りる証拠はない。してみると、設定料二〇〇万米ドルの支払いについては、民法の原則どおり、期限の定めはなく、専用実施権の登録申請と同時履行の関係に立つことになるが、本件専用実施権の登録に必要な書類が、昭和五九年二月二七日の付随契約成立時までには被告に交付されていたこと、右書類に基づき本件登録が昭和五九年四月二七日になされたこと、被告が、専用実施権の設定料を全く支払わなかったこと、そのため原告が、同年三月二二日、仲介人を介して被告に対し右設定料の不払いに抗議し、右不払いの理由を二四時間以内に回答するよう申し入れたことは、前項で認定したとおりであり、右申入れは、設定料の支払いを催告したものと解されるところ、成立に争いのない甲第三一号証の一、二によると、原告は、被告に対し、昭和六〇年一二月一二日付書面(同月一六日到達)をもって、本件契約を解除する旨の意思表示をしたことが認められる。そうすると、前記専用実施権設定契約は、被告の専用実施権設定料二〇〇万米ドルの不払いにより解除されたというべきである。したがって、原告の解除の主張は、理由がある。

第二本訴損害賠償請求について

一 前記のとおり本訴請求の原因(一)及び(二)は当事者間に争いがない。被告本人尋問の結果によると、被告が本件登録当時、通常実施権の再許諾をすべき日本の企業を登録後短期間に見付ける目途はなかったこと、また、現在までこのような企業を見付けることができないでいること及び前記専用実施権設定契約締結時、被告には、二〇〇万米ドルの専用実施権設定料を支払う能力がなかったことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。右事実及び前記第一、一で認定した事実を総合すると、被告は、本件登録の原因をなす前記専用実施権設定契約が解除により遡及的に消滅すべきものであることを知りながら、あえて本件登録をしてこれを残存させ、登録の日である昭和五九年四月二七日から記録上明らかな本件口頭弁論終結の日である昭和六三年一〇月二四日まで四年と三六六分の一八〇年の間(昭和六三年が閏年であるため、一年を三六六日として計算する。)、原告が本件特許権を第三者に対し実施許諾するなどして使用収益することを妨害したものというべきである。そして、原告が、被告の右不法行為により被った損害は、七一八六万八八五二円(一円未満四捨五入)であると認められる。すなわち、前記第一、一で認定した事実によれば、本件特許権の価格は、被告に対する専用実施権設定の設定料二〇〇万米ドルを下ることはないというべきであり、当事者間に争いのない本件特許権の出願の日(昭和五四年一〇月一七日)及び出願公告の日(昭和五七年八月三一日)からすると、本件特許権の存続期間は出願公告の日から一五年であり、前記のとおり被告による妨害の期間は、四年と三六六分の一八〇年であるから、被告の妨害行為により本件特許権の財産的価値が一五分の(四+三六六分の一八〇)だけ減少したというべきである。したがって、原告の被った損害は、一米ドルを一二〇円として(本件口頭弁論終結時において、一米ドルが少なくとも一二〇円以上であることは、公知の事実である。)、七一八六万八八五二円となる。

二〇〇万米ドル×(四+一八〇÷三六六)÷一五×一二〇円=七一八六万八八五二円

二 弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したことが認められる甲第三五号証ないし第三八号証及び第四四号証によると、原告は、被告が本件登録の抹消登録手続に応じないため、米国の弁護士及び日本の弁護士である原告訴訟代理人に委任して、訴訟外で被告に本件登録の抹消登録手続をすることを求め、仮処分申請をし(当庁昭和六一年(ヨ)第二五一二号)、更に、本訴の提起を余儀なくされたものであるところ、その費用として少なくとも五〇〇万円以上を支払っていることが認められる。そして、本件の事案の難易、請求額及び認容額その他諸般の事情に照らすと、右費用五〇〇万円は、前記第二、一の被告の不法行為と相当因果関係を有する損害であるというべきである。

第三反訴について

被告の反訴請求は、原告の本訴請求及び前記仮処分申請が不当訴訟に当たることを前提とするものであるが、前記第一及び第二で認定したとおり原告の本訴請求のうち本件登録の抹消登録を求める請求(前掲甲第三五号証によると、この請求は、本件専用実施権の処分禁止を求めた前記仮処分申請の本案に当たるものと認められる。)はすべて理由があり、損害賠償請求についても七七〇〇万円の請求のうち七六八六万八八五二円について理由があると認められるのであって、到底不当訴訟ということはできないから、その前提を欠き、理由がないことが明らかである。

第四よって、原告の本訴請求のうち、被告に対し、本件登録の抹消登録手続を求める部分及び損害金七六八六万八八五二円及び内金五〇〇万円に対する不法行為後の日である昭和六一年七月五日から、内金七一八六万八八五二円に対する記録上明らかな訴変更申立書送達の日の翌日である昭和六三年九月八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから、右限度において認容し、その余の本訴請求及び反訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条ただし書の規定を、仮執行の宣言について同法一九六条一項の規定を適用して、主文のとおり判決する。

目  録

本件特許権の専用実施権

受付日     昭和五九年三月八日

受付番号    〇〇〇五〇五

登録日     昭和五九年四月二七日

原因      昭和五八年七月三一日契約

専用実施権者  高橋幸雄

範囲地域    日本全土

期間      特許権の有効期限

内容      製造ならびに販売

対価の額    (1) 専用実施権設定料

金額 二〇〇万米ドル

(2) 特許権実施料

金額 専用実施権者から再実施権の設定を受けた第三者が生産する製品一ガロン当り四米セント

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